銀の風

二章・惑える五英雄
―26話・貴族の言葉遊び―



ルージュのせいで、リトラのパーティーが妙な3人組と話をするために適当な宿屋の食堂に入っていたころ。
セシル達は、ようやくシェリルの洞窟にたどり着いていた。
どういうわけか、リトラたちが通った時よりぼろぼろである。
乗ってきたチョコボたちも、魔物に追い回されたせいでへとへとだ。
こんなほうほうのていで目的地にたどり着く羽目になったのは、どれくらいぶりだろう。
「はぁはぁ……や、やっと、ついた、ね。」
「あの子達は、もう来ているのか……?」
まさか追いかけてきたリトラたちが一足先にここを出たとは知らず、
セシル達は慎重に中へ入っていく。
中は薄暗かったが、照明があるのでたいまつが要るほどではない。
「何か、香水みたいなにおいがするね。それとも、お花?」
「うーん……これは薔薇みたいなにおいね。でも、こんな香りの品種あったかしら?
それに、こけじゃないんだから育たないと思うんだけど。」
むせ返りそうなにおいだ。
進むに連れ、そのにおいは強くなっていく。鼻が馬鹿になりそうだ。
何があるか分からない以上、やはり慎重に進んでいくしかない。
「……何か近づいてくる。気をつけろ。」
一番後ろにいたゴルベーザが、険しい顔でつぶやいた。
まだ洞窟に入って間もないのだから、外からの侵入者だろうか。
強い警戒心が一行に向けられている。
「何ですの、ここは下等な人間如きが足を踏み入れて良い所ではありませんのよ!!」
『キマイラ?!』
人語を喋るキマイラなど初めて見た。
キマイラは3つ首だが、はっきり言って竜の首以外は知能が低い。
その上、ヤギは定番だからともかく、残りが牛と馬の首とはどういうことだろう。
変り種のキマイラに、あっけに取られそうになる。
「キマラ、何を騒いでいるの。」
若い女性の落ち着いた声が、洞窟の奥から聞こえてきた。
女性の声だが、その声音は一種の王者たる威厳を持ち合わせている。
「姫様!……申し訳ございません。
この下賎な人間どもを見つけて、つい声を荒げてしまいました。」
キマラと呼ばれたキマイラは、現れた声の主である女性に不手際をわびた。
「そう、分かったわ。……で、『人間』が何の用かしら?
あの結界を越えてきたことだけは褒めてあげても良いわよ。
あれを超えてきたのは、あなたたちで2度目ね。」
もっとも、一度目はその後キマラに蹴り殺されたけど。
と、一笑に付した。浮かべた笑みの裏に潜む魔性の香りが、
歴戦の覇者といって過言で無いセシル達の背筋を一瞬寒くする。
この女神には絶対に勝てないと、あのゴルベーザにもそう思わせた。
全員、伊達に戦いの経験をつんでいるわけではない。
勝てるか勝てないか位の判断は容易につく。
「……私、時間は大切に使いたい主義なのよ。」
つまり、さっさと言えという事だ。
勿論相手をいらいらさせるつもりなど毛頭なかったが、
久々に気おされる感覚を味わってしまったためにタイミングを逃した。
「あの……聞きたい事があるんです!」
凍りかけた空気の中、果敢にもリディアが話を切り出した。
その思い切りの良さに、妙に感心したようにキマラは眺めている。
「なあに、召喚士のお嬢さん?」
面白そうな目で、リディアを見返すシェリルの目。
その目に何か引っかかりを感じながらも、リディアは無視する事にした。
「あの……ここに、ピンクの髪をした4,5歳くらいの男の子見ませんでした?
ちょっと小さいから、2,3歳くらいに見えたかもしれないんですけど。」
フィアスの髪の色は珍しい。
あのかわいい色の髪を一度見たら、大体の人は覚えている。
「ああ、あの子ね。ここにはもういないわよ。」
こんな子でしょうという代わりに、
セシル達の前に一瞬フィアスの小さな幻影が現れて消えた。
「もう……ってことは、ここにきたんですね?」
分かっているが、念のため確認を取る。
相手はまだ信用できない。言質をとっておいたほうが良いだろう。
「そうよ?それと、そんなに殺気立たなくても、あんなに可愛い生き物を手にかける趣味は無いわ。
……これが人間の大人なら躊躇はしないけどね。」
子供達が、ここを出て行くまで無事と分かっただけで少し肩の荷が軽くなった。
しかし入れ違いになってしまった以上、次の目的地も知りたい。
「それは安心しました。ところで、その子達は次にどこに行くか言っていませんでしたか?」
「子供は心配?……そう。
でも、あなた達に子供を追いかけている暇は無いわよ。」
その言葉がどういう意味なのかは、大体理解できる。
セシルは国王、ローザは王妃。私情よりも、国を守り治める義務を優先させねばならない。
だが、彼女の表情には理解できる範囲以上の含みがある気がした。
「……どういう意味でしょうか。」
まじめで比較的まっすぐな気性の弟に、彼女の相手は向かないと判断したのだろうか。
ゴルベーザはセシルが発言するのを制するように喋った。
「そのままよ。あなた達は最近畑に来た動物で手いっぱいみたいだけど、
村の畑を荒らすのは、山からやってくる猪やガトリンガばかりじゃないのよ。」
「……つまり、同じ村の子供かもしれないんですね?」
意外な事に、回りくどい台詞に全く戸惑わず返したのはローザだった。
シェリルの言い回しに慣れた様子なのは、貴族の令嬢としての顔も持つためだろう。
貴族の「言葉遊び」は、分からなければ笑いものにされるし、
だからといってはっきりした言葉で言い返しても無骨だといわれる。
ローザは貴族のこういう面を疎んじているが、
社交界の一員として身につけておかなければならなかったので我慢してきた。
「まぁ、そういうことね。物分りがいいと説明の手間が省けて良いわ。」
すっかり蚊帳の外に置かれた感が否めない残りの3人は、黙ってそれを見ていた。
だが、幸い蚊帳はシェリルの方が取り払ってくれた。
「まぁ、大事なあなたの城は無事でしょうね。」
「それが本当なら、幸いな事です。」
何の根拠があるのかもわからないシェリルの言葉を、
セシルは当たり障りの無い返事を返しておくだけにとどめる。
「……分かるんですか?」
話についていけないものを感じていたリディアが、ようやくまた口を開いた。
「知ろうと思えば、多少は。」
一応相手は神なのだからそうなのだろうと、
あまり疑うことなくリディアは信じる事にした。
自分たちには冷たいが、心が完全によどんでいるわけではないとリディアは感じている。
少なくとも今リディアに向けられたまなざしだけは、少し優しさを含んでいた。
単に、子ども扱いされているだけかもしれないが。

「姫様……よろしかったのですか、情報を与えてしまって。」
「いいのよ別に。ことを進めるにも手ごまが無いとね。
さて……どうなるかしら。楽しみだわ。」
あくまで人間の大人に非情な女神は、クスクスと忍び笑いをもらした。

「黒髪のガキ?」
「そ。アタシら、そいつを退治しに行く途中ってわけ。」
銀の目をした上級魔族の少女は、ナハルティンと言った。
外見は8〜9歳だが、実年齢はすでに500歳を過ぎているらしい。
地界には、修行兼見物にやってきたという。
「黒髪ねー……どんなやつなの?」
「こんな人物です。われわれと外見の年齢は大差ありません。」
そういって紙を差し出した眼鏡の少年はジャスティスといい、種族は天使。
でも、まだ見習いだと先ほど教えてくれた。背中の妙なふくらみは、当然羽が入っていたせいだ。
天使は通常地界にはいないが、彼は天界から落ちてしまったのでやむを得ず留まっている。
「ほんとにまっ黒だ〜、めずらしいね〜。」
「……珍しいか?ダムシアンみたいに暑い所なら、ちらほらいるぞ。」
ジャスティスが渡してくれた紙は、いわゆる賞金首リストだ。
強盗犯、殺人鬼、禁忌に触れた魔道士、たちの悪い傭兵等々、嫌な顔ぶれだ。
ごつい男どもの似顔絵にまぎれて、確かに黒髪の少年の絵があった。
黒いインクで書いてあるため、下に書いてある特徴を読まないと細かいところは分からない。
「黒髪に火の色をした目で、身長は私やリトラさんと同じくらいだそうです。」
緑の髪の少女・ペリドは外見と実際の年齢の両方がリトラと同じくらいだ。
彼女もルーン族だから、一致していても不思議ではない。
ペリドはヌターユの次期竜の巫女で、なんでも竜神のお告げで旅をしているとか。
まじめというか、ご苦労な話だ。
「人の事は言えないけど、ガキの癖にこんだけの人間ぶち殺すなんて只者じゃないと思わな〜い?」
くるくるとフェニックスの尾をもてあそびながら、ナハルティンは言った。
怖い事を言っているのに、どこか楽しんでいるような感じがする。
「うーん、それはあたしもそう思う。
と、言うかなんで家畜とかお金に手を出さないんだろ?
普通傭兵とか野盗なら、そっちをみんな持ってっちゃいそうなものなのにさ。」
「言えてるぜ。つーかおれなら人間は殺さないで、そいつら脅してそっちを持ってく。」
褒められた例えではないが、普通なら確かにそうだ。
「人間自体に何らかの悪感情があるのではないかと、私たちは思っているんです。
殺された集落の人間たちのご遺体は、それはそれはむごたらしい状態だったと聞きましたので。」
むごたらしい状態だったと聞いて、アルテマは半ば本能的にぞっとした。
被害者は同族なのだから、まともな神経の持ち主ならそうなるだろう。
「直接現場に行ったことはないんか?」
「まーね。そのときそこからけっこー遠かったし。」
ナハルティンは、けらけらとあくまで楽しそうに笑う。
先ほど見たときもそうだったが、根っからのハイテンションなのかもしれない。
「そんなことどーでもいいだろ。で、いつ山を越える気なんだよお前ら。」
「明日にでも行く予定です。リトラさんたちは?」
「今から……って、いいたいけど準備があるから明日にするぜ。
ここ、マントがないとうろつけねーし。」
「それなら、すぐにでも買うことをお勧めします。
隣の国も、砂漠ではありませんがそれなりに暑いと聞きました。」
確かに、ここがこの暑さならそうかもしれない。
キアタルは山脈を挟んでいるとはいえ隣は隣だし、
何より地図で見れば南の方なのだから暑いに決まってるだろう。
色々面倒な準備をどうやって一日で済ませようか決めるため、
とりあえず話をこねくり回す事にした。


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さっさとキアタルに回したいのは山々ですが、
次はセシル達で一話使い切る予定です。2章はセシル達が目立たなきゃいけないので。
ふぅ……。途中で管理人にごたごたがあったのでUPがいつも以上に遅いです。